会社は誰のものか

会社は誰のものか

はじめに

株式会社の仕組みをあれこれ議論するときに、「いったい会社は誰のものなのか?」という問いが以前からあります。

色々な議論がありますが、法律的には「株主のもの」なのです。そもそもなぜそんなことが話題になるのかと疑問に思うでしょう。

株式会社の最高意思決定機関は株主総会です。株式会社は株主のものだからこそ、株主の意向によって動いていくことになります。しかし、実際にはそうならない場合があることも事実です。

そして、会社は「誰のためのものか?」ということになると、別の論点が出てきます。ここでは、そういったことを書いてみたいと思います。

「所有と経営の分離」とは?

株式が市場で取引されるようになり、株を自由に買えるようになると、株式はどんどん分散していきます。

つまり、最初は1人あるいは数名が出資して経営を行なっていても、会社の規模が大きくなり、株式を大量に発行するようになると、数名ですべての株式を引き受けることができなくなり、不特定多数の人々が所有するようになります。

とは言っても、それほど大規模でない会社であれば、一部の創業者一族の人々が株式の大部分を所有している場合があります。このような多くの株式を握っている株主を「大株主」といいます。会社の中には、この大株主が株式の大部分を所有し、そして経営も行なっています。このような株主を「機能資本家」と呼びます。

一方、出資して株主にはなっても、出資額が少なく、経営にはタッチしない株主もいます。このような株主を「無機能資本家」と呼びます。

機能資本家の場合は所有と経営が一致しています。しかし、無機能資本家の場合は、所有と経営が一致していません。会社の持ち主でありながら、経営をしていない状態、つまり所有と経営が分離している状態なわけです。

出資額の少ない株主の場合、通常はこの「所有と経営の分離」状態にあると思います。この場合の株主は、会社の所有者でありながら事実上、会社に対してほとんど何もできません。株主総会は所有する株式数による多数決ですから、出資額の少ない株主には影響力はほとんどないからです。(全くないわけではありませんが、ここでは省略します)

このような出資額の少ない株主の場合、「会社は株主のもの」と言えるでしょうか? 会社の持ち主の一人でありながら自分の意向を会社に反映できないのです。ちょっと変な感じがします。

話を戻して、機能資本家の場合を考えます。企業規模がさらに拡大し、株式発行数もどんどん増えていくとどうなるでしょうか。経営も複雑かつ高度になり、経営者に求められる能力は大変高いものになっていきます。そうなってくると経営を行うのは、大株主から専門的な教育を受け経験を積んできた「専門経営者」に移っていく傾向が見られるようになります。

この場合、それまで機能資本家だった大株主についても事情が変わってきます。つまり、経営を専門経営者に任せることになり、専門経営者は株主に雇われて働くという、いわゆる「雇われ経営者」となります。

こうなると株主はほとんど全部が「所有と経営の分離」状態になるのです。ただし、経営者が大株主の意に反した経営をした場合は、株主総会で解任されてしまいます。ですから、依然として、会社の支配者は大株主であると言えます。

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「所有と支配の分離」とは?

ここからさらに大規模化した株式会社を考えます。株式の過半数を占めれば、その会社をほぼ支配することができますが、きわめて巨大化した企業の場合は過半数の株を所有しようとすると莫大な資金が必要です。

ここで一例として、トヨタ自動車を例に挙げて、2018年末の時価総額を見てみましょう。なぜトヨタ自動車かと言うと、同社は2018年の日本企業の中で時価総額トップだったからです。大規模な会社の例としてうってつけです。

時価総額とは、株価と発行済み株式数をかけたもので、会社の価値を図る一つの基準であり、会社の将来性を図る指標になります。大雑把に「会社の値段」と言っていいでしょう。(厳密にはもっと色々考えなければいけませんが。)

トヨタの時価総額は、およそ1900億ドル、レートを110円とするとおよそ21兆円です。ものすごい額ですが、それでも世界で見ると37番目です。

こんな巨大化したグローバル企業になると、たった1%でも2100億円です。個人ではどうにもなりません。実際、トヨタの大株主は金融機関などの組織が上位を占めます。ちなみにトヨタの発行済み株式数は、普通株式 で3,262,997,492株という膨大な数です(平成30年3月31日時点)。他に種類株というのもありますが、説明は省略します。

きわめて大規模化した企業で、他に大株主がいない場合はほんの数%でも企業の支配が可能であると考えられています。これを少数持株支配と言ったりします。

それはともかく、現代の大規模化した企業はとても一部の大株主が支配できるようなものではなくなっているのです。そうなると誰が、会社を支配するのでしょうか。(トヨタ自動車が、ということでなく一般的な話です。)

そうです。経営者なのです。先に説明したように、この場合の経営者は株主に雇われて役員報酬をもらって働く専門経営者です。経営者は、所有者ではありませんが事実上、会社を支配することができるようになるのです。

この状態を「所有と支配の分離」と呼びます。言い換えれば、「経営者支配」の状態と言います。

経営者支配の構図

膨大な数の株主全員が集まって株主総会を行うということは現実にはありません。そんな場所がまずありませんし、多くの株主は参加しません。しかし、株主総会を成立させるためには株主の委任状(株主総会の決定をお任せしますというもの)が必要です。そこで経営者側は株主の委任状を集めて株主総会を開催します。

その結果、株主総会での決定は経営者側の予定どおりになるというわけです。そうすると株主総会の意味がなくなってしまいます。こういうのを株主総会の「形骸化」というのですが、これは良くないという批判がもちろんあって、最近は経営者と株主が十分な時間をとってコミュニケーションする株主総会が増えています。

今、ものすごくざっくりと説明しましたが、要するに大規模化した株式会社は実質的に経営者が動かし、株主はほとんど経営者のいいなりという状況になるのです。株主は儲けさせてくれればOK!という感じです。これは色々と問題がありますが、ここではとりあえずこの程度にしておきます。

そこではじめの話に戻りますが、そんな状態で会社は「株主のもの」と言えるでしょうか? とてもそんな感じではありませんね。法律的には株主のものなのですが、大企業の場合、現実には多くの株主は何もできないに等しい状態になるのです。

お金を持っている人が株主として投資をし、経営の能力を持った人が専門経営者として力を振るう。これはこれでいいかもしれませんが、やはり問題が出てきます。

例えば、本来の所有者である株主の利益が軽視され、経営者の利益が重視されるという可能性が出てきます。株主への利益配当を少なくして、その分経営者の報酬を高くするといったことです。経営者次第で株主の儲けは変わってくる可能性があります。

ですが、もっと大きな問題があります。巨大化した大企業は社会全体に大きな影響力を持ちます。その会社の行動次第で得をしたり損をしたりする人たちがとても多く存在することになります。例えば、株主、銀行などの金融機関、取引先、お客、地域社会、従業員などです。こういった存在を利害関係者(ステークホルダー)と言います。

経営者がちゃんとした経営をしないで、身勝手な経営や、明らかに間違ったことをしたりすると、株主だけでなく、これら多くの人々や組織、もっと言えば社会全体に大きな迷惑をかける可能性があります。

したがって、経営者の行動を監視する仕組みというものが必要になるのです。これが、コーポレートガバナンスと呼ばれるものです。そして、それは「会社は誰のためのものか?」ということにも関わってきます。コーポレートガバナンスについては別の機会にしましょう。

一応、付け加えておきますが、ここで説明した「所有と支配の分離」といった形が常に当てはまるわけではありません。大企業でも一部の創業者一族が大株主として強い力を持っている場合もあります。

もっと言えば、この後で付け加えているように、バーリ=ミーンズの指摘以降、いろいろな変化があって、企業を株主のものに変えていこうとする動き、さらにはステークホルダーに配慮した経営に変えていこうとする動き、などが起きました。

ですので、「所有と支配の分離」というのはある現象を説明した興味深い指摘ですが、それが現代の企業社会をそのまま説明できるものではないということです。

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補足:バーリ&ミーンズの研究成果「所有と支配の分離」

ところで、「所有と支配の分離」ということについて付け加えておきます。これを名付けたのは、アメリカの研究者でアドルフ・バーリさんとガーディナー・ミーンズさんという人たちです。1932年の『The Modern Corporation and Private Property』という本です。

株式の分散が高度になると、株主の会社に対する実質的な支配権をなくしてしまう事態になると指摘し、それを「所有と支配の分離」と呼びました。実に1世紀近く前のことです。この段階で既にアメリカの大企業の多くが「経営者支配」になっていると言ったのです。

少し付け加えておきますが、バーリ&ミーンズの指摘した状態がそのまま現代に続いているかというと少し違うのかもしれません。例えば、機関投資家と呼ばれる巨額の資金を持った組織は大株主となって、会社の経営に大きな影響力を持っています。

もちろん国によっても事情はそれぞれ異なるでしょう。株主と経営者との関係の在り方は面白い研究テーマと言えますね。

もっと詳しく学びたい人のために

加護野忠男『経営はだれのものか』日本経済新聞出版社、2014年

近年の日本企業の混迷をガバナンス(会社統治)の観点から論じた上で、「協働する株主」という新たなアイデアを提示しています。

A.A.バーリ&G.C.ミーンズ『現代株式会社と私有財産』北海道大学出版部、2014年

この本は先に紹介した1932年の本の翻訳です。以前にも(1958年)翻訳されましたが、2014年に改めて翻訳本が出版されました。420ページの大著で結構なお値段がします。図書館に入れてもらって読んでみてはどうでしょうか。

経営学史学会(監修)、三戸浩(編)『バーリ=ミーンズ(経営学史叢書)』文眞堂、2013年

経営学史学会が編纂したもので、バーリ=ミーンズについて詳しく紹介されています。コーポレートガバナンスや「企業と社会」に関心を持っている人にもとても参考になると思います。

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