イノベーションのジレンマ ー優良企業は必然的に失敗する?ー

イノベーションのジレンマ

はじめに

イノベーションのジレンマ」とは、クレイトン・クリステンセン(ハーバードビジネススクール)が主張したものです。「イノベーションにおいて優良企業が陥る罠」というような意味です。

より詳しくはこれから述べていきますが、業界をリードするような優良企業がちゃんとした経営をしているのに、あるいは、ちゃんとした経営をしているからこそ失敗し、業界大手の座を新しい企業に奪われてしまうという皮肉なメカニズムを説明したものなのです。

「へえー、どうしてそんなことになるの?」と興味をそそられるのではないでしょうか。私もこの考え方を最初に知った時、「なるほどなー!」と感心したものです。

それでは、これからその内容をなるべくかんたんに解説していきます。

「イノベーションのジレンマ」の意味

イノベーションのジレンマとは、「業界大手の企業が顧客のニーズに応えて製品の改良を繰り返している間に、新興企業の破壊的なイノベーションを見過ごしてしまい、遅れを取り、ついにはその座を奪われる」ということです。

このイノベーションのジレンマが最初に論じられたのは、1995年にハーバードビジネスレビューに掲載された「The Innovator’s Dilemma」という論文においてです。これはクリステンセンとジョセフ・バウアーの共著で書かれたものです。

この中でクリステンセンは、主にアメリカのハイテク企業の例を挙げながら、有力な大企業が市場や技術の変化に素早く対応できず、新興企業に取って代わられることが繰り返し起きているとして、そのメカニズムを描き出しています。

ジレンマとは「矛盾」という意味ですね。つまり、大企業は合理的に判断をして、やるべきことをやっているにもかかわらず、新興企業の技術(といってもそれほど高度でもない技術)によって市場を奪われてしまうという「矛盾」です。

例えば、クリステンセンは次のようなケースを挙げています。

IBMは大型コンピュータの市場を独占していましたが、それよりも格段に単純で性能の低いミニコンピュータ(ミニコン)に市場を奪われてしまいました。

ゼロックスは、キャノンが小型のコピー機市場を開拓するのを見過ごし、完全に後手に回ってしまいました。

「持続的イノベーション」

なぜ業界をリードするような優良企業がそのようなことになってしまうのでしょうか?

それを説明するために、クリステンセンが述べた二つのイノベーション、「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」について説明しておきましょう。

まず「持続的イノベーション」からです。

これは「持続的技術」に基づくものです。それは今までの価値基準にしたがって性能を高める技術です。

つまり、「持続的イノベーション」は現在の主要な顧客の要望に応えながら「少しずつ」製品を改良していくことです。一般的に行われているような、製品やサービスが発展していく過程で行われるものです。

ある製品を使っているお客さんから、「ここのところもう少し〇〇にできないかな?」といった要望を聞き出しては、それに応えていくことで発展していくものです。

このことでお客さんはより高い満足が得られ、これからも使い続けてくれるのですから、企業にとって良いことに違いありませんし、ライバル企業との競争に打ち勝つためにはやらなければならないことでもあります。

例えば、携帯電話にいろんな機能が付け加えられたり、トラブルが減っていったりすることです。企業はそれらを実現するために絶え間ない努力を続けているのです。

「破壊的イノベーション」

一方、「破壊的イノベーション」とはどのようなものでしょうか。

これは「破壊的技術」によってもたらされるイノベーションです。「破壊的技術」とは、これまでの価値基準から見ると低い性能であるにも関わらず、新しい価値基準のもとではこれまでの製品よりも優れた特徴を持つ新技術のことです。

クリステンセンは「少なくとも短期的には、製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーション」だと言っています。そして、「大手企業を失敗に導いたのは破壊的技術に他ならない」としています。

性能が下がるのになぜイノベーションなのか、そしてそれがなぜ大手企業を打ち負かしたのか、ちょっとわかりにくいですよね。

例えば、デジカメ(デジタルカメラ)のケースを考えてみましょう。

カメラといえば、写真フィルムを使った銀塩カメラが当たり前でした。デジカメが登場した当初、画質は悪く、様々な性能が劣っていました。しかしデジカメは、それまで当たり前だったフィルムを必要とせず、現像もしない。さらには、撮ったその場で写真の映り具合を確認できます。

つまり、それまでの持続的な技術の進歩とは異なる変化です。

初期の段階では、デジカメはそれまでの主な顧客には受け入れられませんでしたが、一部の人たちには受け入れられ、次第に技術が進歩し、高い品質を求める顧客にまで受け入れられるものになりました。いまやフィルムを使って写真を撮るほうがむしろ少数派で、一部の特殊な顧客になってしまいました。

デジカメはそれまでのカメラの技術から考えると「破壊的」な技術です。これまでの「持続的」な進歩を無効にしてしまう、つまり価値基準をぶち壊してしまうので「破壊的」というわけです。

このことを表したのが次の図です。

図:持続的イノベーションと破壊的イノベーション

イノベーションのジレンマ クレイトン・クリステンセン

時間の経過とともに持続的なイノベーションによって製品が進歩していきます。

この図の中の、ハイエンドとは高品質・高価格、ローエンドとは低品質・低価格くらいの感じで捉えてください。

次第に、市場が求める性能を持続的な進歩が上回り、その差が大きくなっていくのがわかります。

技術が市場の求める以上の性能となり、どんどん高くなっていくのです。顧客の要望に応えて技術を高めているうちに顧客が必要とする以上の性能となって価格も上がっていきます。ローエンドだけでなく、ハイエンドの求めるものまで上回っていきます。

そのうちに破壊的なイノベーションが起きます。最初は性能が低いのですが、時の経過とともに持続的イノベーションでだんだんと性能は高くなっていきます。そしていつしかローエンドの求めるレベルをクリアし、いずれはハイエンドの要求に応えるレベルに高まっていきます

先のデジカメの例を用いるならば、最初は低レベルだった性能が、だんだんと高くなって多くの顧客のニーズを満たすようになり、それまでの銀塩カメラの市場をデジカメが奪ってしまうのです。

ここで重要なことは、それまでの市場で業界をリードしていた優良企業は、多くの場合、この「破壊的イノベーション」に対応できないで失敗してしまうということです。新しい「破壊的技術」が登場しても、それが次の市場を作り上げる主要なものになることを見抜くことができず、気がついた時には「破壊的技術」を生み出した新興企業にその座を奪われてしまっているということです。

優良企業が陥る罠

業界大手の企業は、かつて「破壊的イノベーション」を起こして成功し、「持続的イノベーション」によって着実に製品・サービスの品質を高めてきた優良企業です。そのような企業がなぜ新しい技術の将来性を見抜くことができずに失敗してしまうのでしょうか。

クリステンセンはそれについて3つの理由を挙げています。

一つ目は、新しい技術が(少なくとも初期段階では)性能が劣っていて、現在の顧客がそれを必要と感じないことです。

大きな収益をもたらしてくれる現在の主要な顧客がそれを求めなければ、企業としては積極的に取り組むことになりません。クリステンセンは「顧客の意見に耳を傾ける」というマネジメントの教義をやみくもに信じていることが失敗の要因だとも言っています。(念のために書いておきますが、顧客の意見を聞くこと自体はものすごく大事なことに変わりありません。)

二つ目は、技術の進歩が一気に進む可能性があるということです。

当初は低かった性能が一気に改善され、あっという間にこれまでの市場を奪ってしまうのです。その変化に大手企業が気づいた時にはすでに手遅れ、という状態になっているわけです。

三つ目は、大手企業が「破壊的技術」に積極的に投資することが「合理的ではない」と判断してしまうからです。

その理由は、新しい技術による新しい製品の利益率が高くないこと、その製品を投入する市場規模が小さいこと、大きな利益をもたらしてくれている現在の顧客が新しい製品を(当初は)必要としていないこと、などです。

大手の優良企業には、投資を判断するための合理的なプロセスがきちんと整っているため、利益が少なく成功するかどうかわからない小さな市場に積極的な投資をするという判断には至らないのです。

つまり、ちゃんとした手続きを踏んで、合理的な判断によって、新しい技術に投資しないということになるわけです。成功した大手企業には、たくさんのステークホルダーがいます。株主をはじめとする重要なステークホルダーに大きな投資を納得させるには合理的な根拠が必要なのです。

以上のような理由から、大手企業は失敗してしまうのです。ある意味、これはどうしようもありません。顧客の声に耳を傾け、ニーズにきちんと対応して製品を改良しているのです。投資においても「勘」や「勢い」ではなく、ちゃんと合理的な手続きを踏んで判断しているのです。技術の進歩がどれほどの速さで進むかは、誰にもわからないことでもあります。

つまり業界大手の優良企業は「ちゃんとやっているが故に失敗する」ということです。実に皮肉な話です。

破壊的技術を見極め、育てるには

では、大手優良企業はこのジレンマを克服できないのでしょうか?

クリステンセンは、これを克服できる企業はほとんどないと言ってはいますが、破壊的技術を見極め、育てる方法は存在すると言っています。かなり細かい話になりますし、長くなりすぎますので、ここではかんたんに付け加える程度にしておきます。

ざっくり言うと、既存の組織で既存の考え方をしていては無理だということです。

つまり、既存の組織では新しい技術を評価することが構造的にできなくなっているのですから、経営層がそれを自覚して、新しい技術の「芽」を潰さないようにしなければなりません。そのためには、意見の対立が生じるような場合が一つの目安だと思いますし、分野の異なる様々な人々と関わって情報収集をする必要があると考えます。

また、その技術を育てるには、既存の組織の中ではほとんど困難です。なぜなら既存のビジネスを壊すようなものを同じ組織の中で育てるのは必要以上に軋轢を生むでしょう。ですから、独立した組織を作るか、あるいは別の組織に委ねるといった方法が必要です。

おわりに

以上、「イノベーションのジレンマ」について解説してきました。

この考え方は、破壊的イノベーションを起こす新興企業の側からすれば、別に新しいことを言っているわけではありません。つまり、顧客が抱えている真のニーズを見つけ出し、大手がそこに手を出す前に圧倒的な優位性を獲得しようとする戦略であり、そこから一気に市場を塗り替えてしまうというものです。

クリステンセンのコンセプトの興味深い点は、業界のリーダーである企業が、顧客を声きちんと聞き、それに対応して持続的イノベーションを行なっているが故に、陥る失敗のメカニズムを描き出したことです。

かんたんに言えば、「ちゃんとやっているが故に失敗する」ということです。新興企業の破壊的なイノベーションに対抗するには、この「ちゃんと」が通用しないのです。だから、それを明確に意識した対応をリーダー企業の経営者はとらなければいけないわけですが、実際はなかなか難しいでしょうね。

補足:ローエンド型破壊的イノベーションと新市場型破壊的イノベーション

破壊的イノベーションとして、二つのパターンがあります。ローエンド型と新市場型です。ここでは補足として、かんたんにこの二つに触れておきます。

ローエンド型破壊的イノベーション

これは低価格でシンプルさを実現する「破壊的技術」によって、ローエンド市場に参入するやり方です。大手企業が持続的イノベーションによって高価格で複雑になった製品・サービスに注力していて、ローエンド市場が空白になっている時に有効です。

技術的には低いけれども、ローエンド市場でシェアを拡大しつつ、急速に改良を重ねていきます。そして次第にハイエンド市場のニーズも満たせるほどにレベルを上げていき、既存の大手企業の市場を奪い取ってしまうというパターンです。

例えば、回転寿司のスタイルはこれにあたると思います。現在は必ずしも「回転」しませんが、そこで必要な技術は高いものではありません。低価格で気軽に食べられるお寿司はローエンド市場から一気にひろがり、最近はかなり高いレベルになってきました。既存のお寿司屋さんは相当お客さんを奪われたはずです。

新市場型破壊的イノベーション

これは既存の市場のローエンドを狙うのではなく、これまでにない新しい価値観による市場を生み出すやり方です。「破壊的技術」は既存の市場の価値観からすれば性能は劣るのですが、これまでになかった消費を生み出したり、これまでに解決されていなかったニーズを満たすことを目指します。

例えば、スマートフォンなどはそれにあたると思います。最初はガラケーと比べてもあまり便利な機能がなく、マニアの持ち物といったイメージのものでしたが、いつのまにかそれなしではいられないようなツールになってしまいました。スマートフォンは実際は電話というより、いろんなことができるポータブルなコンピュータという感じです。いままでにない市場を生み出したと言えるでしょう。

もっと詳しく学びたい人のために

ジョセフ・L・バウアー/クレイトン・M・クリステンセン「イノベーションのジレンマ」ハーバードビジネスレビュー2013年6月号【名著論文再掲】P.60〜77

クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』翔泳社、2001年

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