オープン・イノベーション ー20世紀型のイノベーションは崩壊した?ー

はじめに

今回の話題は「オープン・イノベーション」です。

近年、イノベーションを論じる際にいろんなところで出てくる言葉ですが、企業だけでなく、地域イノベーションなどの場面でも目にすることが多くなってきました。

この考えは、ヘンリー・チェスブロウ(Henry Chesbrough 1956-)という人が提唱したものです。彼はハーバード・ビジネス・スクールの助教授で、企業の役員やコンサルタントとしても活躍しています。

ここでは、そのチェスブロウの「Open Innovation」(2004)を使いながら、彼の理論について解説していきます。

イノベーションの2つのタイプ

チェスブロウはイノベーションに2つのタイプがあるとしています。それは「クローズド・イノベーション」と「オープン・イノベーション」です。

「クローズド・イノベーション」は20世紀型のイノベーションのスタイルで、現代ではもはや持続可能ではないとしています。そして、もう一つの「オープン・イノベーション」が20世紀末ごろから見られるようになったもので、現在多くの産業がそのスタイルに移行しつつあるとしています。

文字通り「クローズド」というのは「閉じている」、「オープン」は「開いている」ということですが、それはいったいどういう意味においてなのか、これから見ていきたいと思います。先にかんたんに言っておくと、研究開発を内部のみで行うか、外部に開いた形で行うかという違いです。

クローズド・イノベーション

クローズド・イノベーションの限界

「クローズド・イノベーション」の基本的な考え方は、「内部での研究開発は重要な戦略的投資で、他企業に対して参入障壁になる」というものです。

実際、多くの成功した大企業は、内部の研究組織において巨額の研究開発投資を行い、そこで生まれた成果を商品化して発展してきました。「クローズド」というのは、企業内部のみで研究開発を行い、外部との間に境界線をはっきりと引いているという意味です。そのような大企業を追いかける他の企業は、より巨額の研究投資を行うことが当然と考えてきたわけです。

(なおこれから先の記述はアメリカでの話がメインになっていますので、ご了解ください)

しかし、20世紀末ごろから変化が起きました。これらの大企業はこれまでにない脅威に晒されることになったのです。多くの方がご存知の、インテル、マイクロソフト、シスコなどの新興勢力です。

これらの企業は、自らはほとんど開発をせず、他社のテクノロジーやアイデアを積極的に活用して発展してきたのです。そしてこれらの企業と連携するベンチャーもまた他社のものを活用しているのです。

そこで見えてきた新たな現実とは、自社内のみでの研究開発が限界を迎えたということです。

新しいアイデアは世の中に溢れ、内部のみで開発することは効率的でなくなりました。そして企業の内部で研究開発しても、すべてが商品化されるわけではなく、アイデアが無駄になることが少なくありません。そして、捨てられてしまった開発の成果が他社に大きな利益をもたらす例も出てきました。

つまり、イノベーションのマネジメントはこれまでと異なる方法が必要になったのです。

クローズド・イノベーションが失敗する理由

では、クローズド・イノベーションが失敗するのはどのような理由からなのでしょうか。

チェスブロウによれば、イノベーションの「パラダイム・シフト」が起きたためです。「パラダイム」というのはその時々の支配的な考え方、当然となっている考え方くらいで理解しておいてください。つまり、これまで当たり前であったことがそうでなくなり、別の考え方に取って代わられるということです。

クローズド・イノベーションは、成功するためには「コントロールが必要」という信念に基づいていて、それは内向きの論理だと、チェスブロウは言います。そして、次のようなルールに従っているとしています。つまり、

  • 業界でもっとも優秀な人材を雇わなければならない。
  • 新製品をマーケットに出すためには自ら開発しなければならない
  • 最も早く新製品を開発した者が、それを最も早くマーケットに出すことができる。
  • イノベーティブな商品を最初にマーケットに出した者が勝つのが普通である。
  • 業界最大の研究開発投資をすればベストな新製品が開発でき、業界をリードすることができる。
  • 知的財産を守り他社が真似できないようにすべきである。

企業はこのようなルールに基づき、積極的に自社内での研究開発に力を注いできました。

このクローズド・イノベーションのサイクルを図示すると以下のようになります。

20世紀はこれで成り立っていました。イノベーションに成功し、その利益を新たな研究投資に回して次のイノベーションを起こす、というサイクルが回っていたのです。

しかし20世紀末、このパラダイムは崩壊しました。このサイクルが途切れてしまったのです。

それは次のような理由からです。

研究を行う有能な研究者たちが企業を辞め、知識を持って出て行くことが普通に行われるようになりました。また、大学や大学院で教育を受けた人の数が増加し、中小を含む多くの企業で知識レベルが向上しました。さらには、ベンチャーキャピタルが増加し、他社の研究を商品化することを専門としたベンチャー企業を創造し、それらが大企業を恐れさせる存在になっていったのです。

そのような中、製品がマーケットに出るまでのスピードがますます早くなり、新製品の寿命が短くなりました。大企業はこれに追いついていけなくなっていきます。その上、顧客やサプライヤーの要求水準が上がり、大企業であっても容易に利益を上げられなくなったのです。その他、国外からの新たな参入企業が入ってきたことも競争をますます激しくしました。

ものすごくかんたんに言うと、クローズド・イノベーションでは新しい競争環境で生き残ることが難しくなったということです。

クローズド・イノベーションの研究開発マネジメント

イノベーションのマネジメントという観点から見て行きましょう。クローズド・イノベーションの場合、次のような形で行われてきました。

基礎研究の段階では多くのプロジェクトが進行していますが、商品開発の段階まで進むのはその内の一部です。実際に商品化されないで捨てられるアイデアが少なくないのです。そしてそれらは企業の境界線の内部に留まっています。

これが何を意味するかというと、企業内部の研究者の成果が、「その企業では」商品化されないという理由で埋もれてしまうのです。もったいないことです。それ以上に、研究者は自分の開発したものをなんとか形にしたいと思うものです。

先に述べたように、現代では研究者には選択肢があります。つまり、自ら開発したアイデアを持って他社あるいは外部で起業することが可能です。これらの多くは失敗するのですが、成功すれば株式公開を成し遂げたり、大企業から買収を受けて多額の資金を得ることが可能になります。

実際、急速に大きくなった現代の大企業は、新しいアイデアを持った企業を買い取ることで発展してきています。さらにこうしたベンチャー企業は成功しても、同じような技術に再投資をしません。全く異なる他社の技術を使って商品化しようとするのです。つまり、これまでの研究開発サイクルは途切れてしまったのです。

オープン・イノベーション

オープン・イノベーションとは

以上のことから、これまでの「クローズド・イノベーション」が成り立たなくなり、「オープン・イノベーション」へと「パラダイム・シフト」が起きたということです。

「オープン・イノベーション」は企業の内外のアイデアを結合させ、価値を創造するということです。

企業がこれから先も技術革新を続けていくには、内部のアイデアと外部のアイデアを用いて、内部あるいは外部で発展させ、商品化していく必要があると、チェスブロウは言っています。

オープン・イノベーションによる研究開発マネジメントを図に表すと次のようになります。クローズドとどう違うか比較してみてください。

ポイントは企業の境界線が曖昧というか、行き来がしゃすくなっているということです(ここでは色を変えて点線で表しています)。内部で開発したアイデアが外へ出ていってしまうこともあるし、逆に外から入ってくることもあります。企業の内部と外部とでアクセスがより自由に行われるようになっているということです。

内部で開発したアイデアが有望なのに生かせない場合もありますが、それが別の新たな市場で評価されることもありますし、一方で外部からの他のアイデアと組み合わさって新たな価値が生まれることもあるわけです。

こうしたことはクローズドでは見逃されてきたことです。全部自前で開発を行うのより、外からも獲得して組み合わせながら行っていった方が、スピード感のある経営ができます。また、自社で商品化できない場合は外部で利用してもらうことで利益を生み出すこともできます。さらには、企業が相互にこうした動き方をすることで、産業全体も強力になっていきます。

先にクローズド・イノベーションのルールを書きましたが、オープン・イノベーションのルールと比較して表にすると次のようになります。

つまり、イノベーションの進め方が根本的に変わったということです。

このようなオープン・イノベーションは実際に企業活動の中で展開されるようになっています。ここでチェスブロウが取り上げているP&G(プロクター&ギャンブル)の事例をかんたんに紹介しておきます。

オープン・イノベーション P&Gの事例

P&Gでは、1999年にイノベーションのプロセスを大きく変更し、社内のみに依存していた研究開発を外部にも拡大する決断をしました。これを「Connect and Develop」と呼んでいます。

これを推し進めるために、外部イノベーション担当ディレクターという新しいポジションを設け、2002年までに社外イノベーションの割合をこれまでの10%から50%に引き上げる目標を立てました。

このような決断をした理由は、イノベーションを社内のみで行うのは合理的ではないと考えたからです。それまでP&Gでは8,600人の科学者を雇用していましたが、社外には実に150万人の科学者がいるのです。それらの人々と繋がった方が効率的であることは明白です。

さらに、社内のアイデアを外部に売り込むことも始めました。社内で開発したアイデアのうち、商品化しなかったものは3年後に外部が利用できるようにした。これは競争企業に対しても同様です。

パラダイム・シフトの状況

チェスブロウは、このようなオープン・イノベーションへのシフトがハイテク企業だけに見られるものではなく、あらゆる産業で見られるとしていますが、産業によって異なるとしています。

産業によってはクローズドのままで、産業によっては以前からオープンなところもあります。例えば、クローズドの代表的なものは原子炉、航空機エンジンなど、オープンの代表的なものとしてハリウッドの映画業界、投資銀行などがあげられていて、他の多くの産業はこの極端な両者の間にあるというわけです。

クローズドとオープンの比較として、チェスブロウは次のような表も書いていますので、紹介しておきます。オープンの特徴として、ここまで書いてきたように、社外のアイデア、労働者の流動性、ベンチャーが挙げられていますが、大学の機能が重視されているところが興味深いですね。

オープン・イノベーションの展開

ここまで企業におけるイノベーションについて(主にアメリカの事例をもとに)、解説してきました。オープン・イノベーションを組織の垣根を飛び越えて、連携してイノベーションを起こしていくことだと捉えるならば、その手法は企業間だけではなく、様々な展開が考えられます。

先に大学の機能が重視されていることを書きましたが、企業と大学の連携はもとより、産学官連携の形や、NPO、NGOなどとの連携も考えられます。

少し前からそうした取り組みが始まっていますし、今後さらにこのような動きが活発になっていくものと思われます。

もっと詳しく学びたい人のための参考文献

ヘンリー・チェスブロウ「OPEN INNOVATION ハーバード流 イノベーション戦略のすべて」産能大学出版部、2004年

 ここではこの本の最初のあたりをもとに書いていますが、全体的に事例の分析になっていて読みやすいと思います。

ヘンリー・チェスブロウ、ウィム・ヴァンハーベク、ジョエル・ウェスト「オープンイノベーション 組織の超えたネットワークが成長を加速する」英治出版、2008年

2008年に出た400ページの分厚い共著です。まだ読んでいません。興味がある方はどうぞ。

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