ドラッカー ーイノベーションの7つの機会ー

イノベーション

はじめに

P.Fドラッカー(Peter Ferdinand Drucker 1909-2005)という人は日本でとっても人気のある方です。経営学者とも未来学者とも呼ばれていたり、自身では社会生態学者ともライターだとも名乗っていたりいます。ドラッカーの肩書きがどうであれ、彼の著作は日本の多くのビジネスマンに支持されてきましたし、経営学者にも読まれてきました。

ドラッカーの言葉は『ドラッカー名言集』といった本が出版されるほど、有名なものが多く、核心をついたキャッチーな表現は今なお新鮮で深みがあります。

数年前には、「もしドラ」(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」)という小説が大ヒットし、大きな注目を集めました。この小説は漫画、テレビアニメ、映画にまでなりました。

ここでは、彼の名著『マネジメント』についてではなく、ドラッカーがイノベーションについてどのように述べているのかについて、かんたんに見ていきたいと思います。

事業の目的は顧客の創造

ドラッカーは『現代の経営(上)』の中で、事業の目的について次のように述べています。これも大変有名な言葉です。

事業が社会の一機関である以上、事業の目的は事業それ自体にあるのではなく、事業をその機関とする社会の中になければならない。かくして、事業の目的について正しい定義はただ一つしかない。それは、顧客を創造することである。

『現代の経営(上)』p.46

そして次のように述べます。

顧客は事業の土台であり、事業の存在を支えるものである。顧客のみが雇用を保障する。換言すれば、顧客の諸要求を充足するために、社会は企業に対して、資源の活用を期待し、それを委託するのである。

『現代の経営(上)』p.46

少し噛み砕いて説明すると、ドラッカーにとって、企業が行うビジネスは社会とともにあるのであり、顧客が望むことを満足させることができるからこそ、社会の中で存続できるということです。

当然のことですが、企業が自分たちの製品やサービスにどんなに自信を持っていても、買ってくれる人がいなければ何にもなりません。顧客の支持があってこそ事業は成り立ちます。そのような顧客を生み出すことによって企業は存続することができるのです。だからこそ「事業の目的は顧客の創造」だとされるのです。

ここでドラッカーは「創造」と述べています。ドラッカーは、市場は神や自然によって作られるのではなく事業家によって作られると述べているように、顧客が求めているものを生み出すのは企業です。人々が求めているものを製品やサービスとして具体的な「形」にするからこそ、市場が生まれます。

例えば、遠いところへ早く移動したいという欲求が人々にあったとしても、そこに何もなければ市場は生まれません。企業が自動車や飛行機といった具体的な「形」にすることで、市場が生まれるわけです。

自動車という製品、航空機輸送というサービスが提供されることで、人々はそれを利用するようになり、企業もそれによってビジネスを展開していくことができるようになります。

事業の二つの基本的機能 ―マーケティングとイノベーション―

このように企業は顧客の創造によって存続・発展していくのですが、ドラッカーはその上で、次のように述べています。

事業は顧客の創造を目的とするものであるから、いかなる事業も二つの基本的機能、―すなわちマーケティングと革新(イノベーション)―を持っている。

『現代の経営(上)』p.47

第1に「マーケティング」、そして第2に「イノベーション」、この二つが企業の基本的な役割だということです。

ここではマーケティングの説明はあっさりと済ませたいと思います。

かんたんに言えば、マーケティングとは、顧客が求める真の価値を知り、それを満たす製品・サービスを生み出し、適切なあり方で顧客に提供するということです。言い換えれば、顕在化している欲求に応えるということです。

一方で、イノベーションは、新しい価値を生み出すことです。言い換えれば、潜在的な、顧客が気付いていない欲求を見出し、新たな需要を創造することです。新しい「価値」ですから、今ある何かと何かの組み合わせとか、今あるものの見方を変えるとか、そういったものも含みます。

ドラッカーはイノベーションについてこう述べています。

企業家はイノベーションを行う。イノベーションは企業家に特有の道具である。イノベーションは富を創造する能力を資源に与える。それどころか、イノベーションが資源を創造する。

『現代の経営(上)』p.7

ドラッカーらしい表現だと思います。人々がなんらかの利用法を考え、価値を見出すことではじめて「資源」になります。

例えば、なんの変哲もない野草であっても、なんらかの医薬的な成分が見つかり、病気を直す薬として利用されるならば、その野草は「薬草」の資源になります。蓄電池の材料となる鉱物も、その性質が発見され、蓄電池を作る技術を伴ってはじめて価値ある「鉱物資源」となります。

企業はこのように新しい何かを生み出し、市場を創造していく社会的な役割を担っています。今までにない新しいものは、社会に変化をもたらし、経済を発展させることにつながっていきます。

もちろん、変化を生むのはそれなりにリスクが伴いますが、そのリスクを引き受け、果敢にイノベーションを起こしていこうとするのが起業家精神であるとしています。

ちなみにドラッカーは、イノベーションを技術に限定せず、サービスや仕組みといったものもイノベーションであるとしています。これらを社会的イノベーションと呼んでいます。

イノベーションを体系的に行う

さてそれで、この記事のテーマはイノベーションなので、イノベーションについて述べていくのですが、「イノベーションが大事だ!」と言われても、そう簡単な話ではありません。

「言うのは簡単だけど、実際は難しいでしょう」ということです。現に、「最近の日本企業はイノベーションを起こせていない。だからダメだ。」といったことをよく耳にします。できないことを批判する方が容易なことです。やろうとしているけど、なかなかうまくいかないのです。

確かに、我々がイノベーションを起こそうと考える場合、ものすごく画期的でこれまでにないアイデアがないものかとあれこれ考えます。しかし、画期的な発明や、これまでにないアイデアなどそうそうあるわけありません。

そもそも今はない何かを見つけようとするのですから、いったい何を探しているのかわからなくなっていきます。やみくもに「何かないか」と探していても見つかるものではありません。それでは宝探しやギャンブルとそう違わないものにさえなってきます。

ですがドラッカーは、イノベーションは勘や思いつきに頼るものではなく、ちゃんとした原則に基づいて、体系的に行うべき仕事だと述べています。つまり、イノベーションを意図的に起こすことを主張しています。

そんなことが果たしてできるのでしょうか。難しいところだと思いますが、そこがドラッカーのイノベーション論の興味深いところです。

イノベーションにつながる7つの機会

ドラッカーは、「新しいものを生み出す機会となるのが変化であり、イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである」としています。そして、そのようなイノベーションにつながる機会として7つのものがあるとしています。

かんたんに言えば、なんらかの変化の中からイノベーションの「芽」を見つけ出す方法を持とうということです。

というわけで、その7つの機会をこれからざっくりと見ていきます。

これらは単なる列挙ではなく、信頼性と確実性の高い順に並べられています。つまり、上のものほど平凡でリスクが低く、だんだんと難しくリスクの高いものになっていくとしています。

(以下は、「イノベーションと企業家精神」の内容を中心に書いています。)

第一の機会:予期せぬ成功と失敗を利用する

ドラッカーは、予期しない成功ほどイノベーションの機会となるものはなく、これほどリスクが小さく苦労の少ないものはないとしています。思いもよらぬ成功で単に喜ぶのではなく、そこに変化を読み取りイノベーションにつなげるということです。しかし、なかなか気付かれず、無視されてしまうのです。

予期しない失敗というのは、慎重に準備して進めたにも関わらず失敗してしまうことです。それは何らかの新しい変化が起きているからであり、イノベーションの機会と見ることができるということです。そして、これも機会の兆候と見られることがほとんどないのです。

これら成功や失敗を漫然とやり過ごすのではなく、分析し、変化に気付くということが大事というわけです。

第二の機会:ギャップを探す

ギャップというのは、現実とあるべきものとの乖離であり、不一致です。かんたんに「ズレ」と言ったらいいでしょうか。例えば、こちらの考えと顧客の考えのズレです。こちらが相手の希望を理解していると思っていたら、実は顧客は別のことを望んでいたというようなことです。それを見つけ、なぜそうなのかを分析していくことがイノベーションにつながるということです。

第三の機会:ニーズを見つける

第一と第二はすでに存在するイノベーションの機会であり、ニーズはいまだ存在していないものです。「イノベーションの母」とドラッカーは表現しています。文字通り必要とされているものですが、今はないものです。彼は、ニーズは限定されたものであり、漠然としたものでなく具体的でなければならないとしているのですが、なんだかわかりにくいですよね。

思い切りかんたんに言えば、何が求められているのか、何が欠けているのか、はっきりしているものを見つけ、そこからイノベーションを起こそうということです。

そのようなニーズは企業や産業の内部に存在しており、主に3つの観点から探ることができるとしています。すなわち、「プロセス上のニーズ」、「労働力上のニーズ」、「知識上のニーズ」です。

「プロセス上」というのがわかりにくいですが、あえて解釈すれば、何かを行う際に足りないとか、あれば便利なのに、と認識されているものです。例えば、仕事上でいつも面倒を感じていながらそれを解決するものがない、といった感じでしょうか。

ドラッカーはニーズを発見したらそれが5つの前提に合致しているかをチェックする必要があるとしています。それは以下のようなものです。

  • 完結したプロセスについてのものであること
  • 欠落した部分や欠陥が一箇所だけであること
  • 目的が明確であること
  • 目的達成に必要なものが明確であること
  • 「もっと良い方法があるはず」との認識が浸透していること

これらを満たしているならば、次に3つの条件に合致しているかを調べます。それは以下のようなものです。

  • ニーズは明確に理解されているか
  • 必要な知識は現在の科学技術で手に入れられるか
  • 得られた解決策は、それを使う人たちの使い方や価値観と一致しているか

三つ目についてですが、どんなに優れたものでも、使う人にとってマッチしなければ広がりません。重要な視点ですね。

ドラッカーによれば、ニーズによるイノベーションは体系的に探すことができるということです。つまり、こうした原則に基づいて、地道に、的確にイノベーションを起こしていこうということです。

第四の機会:産業構造の変化を知る

産業や市場の構造は決して永続的なものでも、安定的なものではありません。その内部にいる者はとかくそのように見がちですが、現実にはとても脆く、場合によっては小さな力で崩壊してしまいます。

それまでの安定した構造が壊れるということは、その中で地位を築いているものにとっては「危機」ですが、それを「変化」と捉えるならば、イノベーションの機会になります。

「変化」の最も識別しやすいものとして、ドラッカーは「急速な成長」を挙げています。ある部分が急速に成長するとき、そこには新たなイノベーションの機会があり、新規参入が活発になります。

興味深いのはドラッカーの次のような指摘です。

急速な成長が起きているとき、既存の構造のリーダーたちはそれを軽く見て、無視して、古いやり方に固執します。イノベーションを起こした者たちはその古い勢力から放っておかれ、むしろそのおかげで、しばらくの間は利益を独占できるのです。

以上の四つは企業や組織の内部についてのことであり、内部の人間には見えやすいものです。残りの三つは企業や産業の外部の事象です。これらは長くなりすぎるので、ごくかんたんにしておきます。詳しくは参考文献をお読みください。

第五の機会:人口構造の変化に着目する

人口の増減や年齢構成などが変化すると、社会が変わります。こうした変化はイノベーションの機会になります。統計的なデータのみからではなく、人々を観察することによって変化に気付くこともあります。

第六の機会:認識の変化を捉える

世の中の認識が変わったことを敏感に捉えることでイノベーションを起こすということです。世の中の認識の変化について、ドラッカーは半分水が入ったコップの例を挙げます。同じ状態であっても「半分入っている」から「半分空だ」と認識が変わるときがイノベーションの機会だとしています。

第七の機会:新しい知識を活用する

技術的な発展、発明、社会的知識などによるイノベーションです。何か新しい技術が開発され、それをもとにイノベーションが起きるということです。技術や知識を含めて複数のものが結合して起きるものもあります。大きな変化につながる可能性がありますが、実用化までの時間がかかり、条件がすべて整わないと必ず失敗するとしています。

要するにこれを狙うのは、大きなリスクが伴うもので、周到な準備と優れたマネジメントが必要になります。

アイデアによるイノベーション

以上がドラッカーのいう、イノベーションの7つの機会です。ですが、実はこの次に「アイデアによるイノベーション」というものも記されています。第八としていないのはやはり意味があるのでしょう。

イデアによるものはとても重要なのですが、あまりに曖昧すぎるし、成功の確率はとても低いとしています。大事ではあるけれど、狙ってやるのはギャンブルに近いということです。ですがドラッカーは「それを社会は絶対に邪魔してはいけない」と言っているのは面白いところです。たまたまうまくいって、それが社会の大きな発展につながることがありますからね。

おわりに

最後に、イノベーションの原理としてドラッカーが挙げている、三つの「べからず」と三つの条件を紹介しておきます。両方ともぴったり「三つ」というのが、さすがと思ったりします。

三つの「べからず」

  • 凝りすぎてはならない。普通の人間が利用できるものでなければならない。
  • 多角化してはならない。散漫になってはならない。
  • 未来のために行ってはならない。現在のために行わなければならない。

三つの条件

  • イノベーションは集中しなければならない
  • イノベーションは強みを基盤としなければならない
  • イノベーションはつまるところ経済や社会を変えなければならない

「なるほど」と、うなづいてしまいます。

イノベーションを起こすというとき、何かと大きなことを考えがちですが、それはリスクも高く成功の可能性も低いものです。イノベーションの「芽」は、実は身近なところにあってそれを積み重ねていくことが重要なのでしょう。そしてそのためには原則に基づいて機会を探し、分析していくことが必要だということです。

もちろんこれだけでイノベーションができる、というわけはありません。ドラッカーも7つの機会に続けて、企業家精神、企業家戦略について述べています。詳しくは「イノベーションと企業家精神」をお読みください。

もっと詳しく学びたい人のために

ドラッカーは本当にたくさんの本を著していますので選びにくいのですが、定番の2つとイノベーション関連の本ということで以下を挙げておきます。すべてドラッカーの全集に収録されているものです。この他に全集になる前のもの、あるいはエッセンシャル版のように短くしたものもあります。それらを手に入れてもいいと思います。

『現代の経営』(上・下)(ドラッカー名著集2,3)、ダイヤモンド社、2006年

『マネジメント』(上・中・下)(ドラッカー名著集13,14,15)、ダイヤモンド社、2008年

上・中・下に分かれているほど長いので、まずはエッセンシャル版で読んでみてはどうでしょうか。これならば1冊です。

『イノベーションと企業家精神』(ドラッカー名著集5)、ダイヤモンド社、2007年

こちらもとりあえずはエッセンシャル版で読んでみてはどうでしょうか。

ちなみに解説本などもそれこそ山ほど出版されています。読みやすいところから入っていけばいいと思います。

ついでに今さらですが、例のこちらも紹介しておきます。

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』新潮文庫、2015年

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